名古屋地方裁判所 平成4年(ワ)3981号 判決 1995年9月05日
愛知県尾西市<以下省略>
原告
X
右訴訟代理人弁護士
織田幸二
同
滝田誠一
同
柘殖直也
東京都千代田区<以下省略>
被告
新日本証券株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
小川剛
同
村橋泰志
同
木村良夫
主文
一 被告は、原告に対し、金三五二万四六〇〇円及びこれに対する平成二年六月七日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は、第一項について、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金三七〇万四六〇〇円及びこれに対する平成二年六月七日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、証券業を営む被告の営業担当者が原告に対し、いわゆるワラントの購入を勧誘して買い受けさせたが、右ワラントの価格が低下し、新株引受権として無価値になって権利行使期間を経過したため、原告は、被告の営業担当者の右勧誘及び買い受けさせた行為は不法行為にあたると主張し、民法七一五条に基づき、被告に対し、ワラント購入代金相当の損害及び弁護士費用の損害につき損害賠償を求めた事案である。
一 本件紛争に至る経過
1 当事者
(一) 原告は、大正一一年生れで、戦後、尾西市でラジオ店を開業し、昭和四四年にはa電気株式会社を設立し、同社が昭和六一年に○○デンキとフランチャイズ契約を締結して、フランチャイズ店「○○デンキ尾西店」を開業している者である。原告は、昭和六三年九月、○○デンキからフランチャイズ系列の業者に対して同社の株主増員に協力してもらいたいとの要請があり、これに応じて○○デンキの株式を取得したのが証券投資の初めであり、その際の取引委託の証券会社が被告であったことから、その後、被告との間で証券取引関係が継続した。
(二) 被告は、東京都に本社を置く証券業を営む株式会社であり、被告の名古屋支店営業第一課の営業担当者B(以下、「B」という。)が原告との間の証券取引を担当していた。右営業担当者の上司営業第一課長は、平成二年八月以降、C(以下、「C」という。)であった。(被告の業務については当事者間に争いがない。その余の事実は、乙第四号証、乙第八号証、原告本人。)
2 ワラントについて
(一) 新株引受権付社債は、昭和五六年の商法改正で発行が認められ、昭和六〇年一一月になって、新株引受権付社債のうち社債部分と新株引受権部分とを分離して譲渡できる分離型新株引受権付社債の発行が認められるようになった。その分離型新株引受権社債のうち新株引受権部分を分離した証券がワラントと言われる。ワラントは、予め定められた権利行使期間内にその発行会社に一定の価格で新株の発行を要求する権利であるが、昭和六一年一月から外貨建ワラントの国内販売が認められ、国内での外貨建ワラントの取引が行われるようになった。
(二) ワラントは、新株引受権の権利行使期間内に権利行使価格の対価を支払って一定数の株式を取得する債権であることから、その対価が権利行使時における当該株式の時価より高い場合は権利行使するメリットがなく、その場合、ワラントは、取引上無価値なものとして扱われ、株価が上昇しないまま権利行使期間を経過すると、権利としても消滅する。また、外貨建ワラントの場合は、ワラント購入時の為替相場と売却時の為替相場の変動も売却による損益に影響することになる。
(三) さらに、外貨建ワラントは、外国の証券取引所で上場されるものであるが、国内取引の場合、多くは外国の証券取引所への取引委託を経ずに、国内証券会社の店頭における相対取引を行うことになる。その場合の取引価格は、平成元年五月一日から日本証券業協会によって公表されるようになったが、その範囲は限られたもので、顧客は、証券会社の店頭で当日の気配値を知ることになる。
(四) ワラントの投資家は、新株引受権を行使して株式を取得して利益を得る方法と、ワラントの転売により売買差益を確保する方法があるが、前者の場合には、ワラント購入コストと権利行使価格の合計額が株式の時価額より低くなければ利益が生じることはない。
(以上の各事実は当事者間に争いがない。)
3 原告の取引
(一) 原告は、昭和六三年九月に初めて○○デンキの株式一〇〇〇株を取得し、その後も○○デンキの株式を買い増し、一部売却したほか、被告の名古屋支店営業担当者Bの勧誘に従い、平成二年三月二〇日に大東建託の株式一〇〇〇株を買い受け、同年六月四日に右大東建託の株式を売却し、小松精錬の株式二〇〇〇株を購入していただけであって、信用取引の経験はなく、また、ワラント取引やオプション取引などの新型の証券取引について経験が全くなかった。
(二) 被告の営業担当者Bは、平成二年六月七日、原告に対し、電話でトヨタ自動車のワラントの購入を勧誘し、原告は、これに応じて購入方を承諾し、右ワラント二〇ワラント(以下、「本件ワラント」という。)を購入した。本件ワラントは、額面五〇〇〇ドルのUSドル建て海外ワラントであり、権利行使期間平成五年六月一日、権利行使価格は発行時で金二六五五円二〇銭(その後変更により金二四一三円八〇銭)のもので、トヨタ自動車株式五八八二株を請求できる新株引受権証券である。
(三) 被告は、本件ワラントの取引をなした際、原告に対し、同月一八日頃に外国証券取引報告書・計算書(以下、「計算書」という。)を送付したものの、原告から外国証券取引口座設定約諾書(以下、「約諾書」という。)及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書(以下、「確認書」という。)を徴求せず、かつ、原告に対し外国新株引受権証券取引説明書(以下、「説明書」という。)の交付をしていなかった。被告は、同年八月一一日頃、原告に対し、本件ワラントの預り証を送付し、また、その頃、原告の実印で捺印された約諾書及び確認書を入手している。
(四) 本件ワラントは、原告が購入した時はポイント二一・〇であったが、間もなく価格が低下し始め、同年八月一〇日頃にはポイント一二・二五まで低下し、平成三年一月二一日頃にはポイント七・〇までに低下した。そして平成三年四、五月頃にも価格は低迷し、同年八月以降はポイントが一ないし二で推移し、取引の上でほとんど無価値になって行った。
(原告の本件ワラントの購入前の証券取引及び本件ワラントの購入の各事実は当事者間に争いがない。その余の事実は、甲第一号証、甲第三号証の一及び三、甲第四号証、乙第一ないし四号証、原告本人及び証人B。)
4 原告の苦情
(一) 原告は、平成三年一月二二日、被告名古屋支店に赴き、C課長から本件ワラントの説明を受け、かつ、その価格状況について話を聞いた。
(二) しかし原告は、同年二月六日頃、被告に対し、本件ワラントの購入にあたり必要な説明を受けていなかったと苦情を申し立て、その後被告との間で何回かの折衝が続いたが、本件提訴をするに至った。
(証人C、同氏名略、原告本人。)
二 本件の中心的争点(原告の主張)
1 不法行為の成立
(一) 被告の営業担当者Bの本件ワラントの勧誘行為及び本件取引行為は、次のとおり、故意又は過失による不法行為にあたる。
(1) Bは、原告に対し、本件ワラントの購入を勧誘する際、ワラントの意義及び新株引受権の内容、その権利行使期間、権利行使価格を説明するとともに、外貨建ワラントの特質、株に比べて価格変動が大きいワラント取引の危険性、国内取引における価格情報の入手方法、外貨建ワラントが証券会社との店頭取引、相対取引になること等、ワラント取引の仕組みを説明しなければならないのに、何ら説明をしなかった。
(2) 仮に、Bが原告に対し、ワラント取引についてある程度の説明をしたとしても、その説明はワラント取引の説明として十分なものでない。すなわち、証券会社の営業担当者は、顧客にワラントの購入を勧誘し、その取引をさせるにあたっては、右ワラント取引の仕組みを理解させるだけでなく、その権利行使価格と株価の関係からワラントが無価値になり、また、権利行使期間の経過により権利が消滅して、ワラント取引による投資額全額の喪失をもたらす危険があることを説明しなければならない。被告の営業担当者Bは、本件ワラントの勧誘にあたり、これらにつき全く説明することなかったのである。
(二) 被告は、従業員であるBに原告との間の営業行為を行わせていたものであり、Bの右行為は被告の事業執行のためなされたものであるから、被告は、民法七一五条による使用者責任がある。
2 原告の損害(合計金三七〇万四六〇〇円)
(一) 原告は、ワラントの説明がないまま本件ワラントを購入させられ、事後的にワラントの説明があったものの、株価の低迷が続き、本件ワラントの権利行使期間を徒過するに至った。そのため原告は、本件ワラントの購入代金に相当する金三二〇万四六〇〇円の損害を被った。
(二) さらに原告は、本件被害を回復するため、弁護士に訴訟委任する必要に迫られた。右弁護士費用として金五〇万円の損害を被った。
第三争点に対する判断
一 証拠によれば、本件ワラントの勧誘及び取引の経過について、次のとおり認めることができる。
1 原告は、年商三億円を越えるa電気株式会社を経営する事業家であるが、証券取引の経験は、前示のとおり、昭和六三年九月から始めた現物株取引しかなかった。原告は、平成元年暮頃か平成二年年初め頃、○○デンキ系列店の会合で、○○デンキが事業資金の計画を説明した際に、同社がイギリスで新株引受権付社債(ワラント債)を発行し、低利に資金調達することができた旨の話を聞いたことがあった。原告は、その話から、ワラントは一定期間後に現金か株式で資金の返還を受ける転換社債の一種であるとの認識を持つようになっていたが、それ以外にはワラント及びワラント取引について話を聞いたことがなく、その知識はなかった。
(右事実は、原告本人の供述によって認める。これに反する証拠はない。)
2 被告の営業担当者Bは、平成二年六月七日、原告に対し、電話で本件ワラントの購入を勧誘した。Bは、右電話による勧誘の以前は、原告に現物株の推奨をしたことはあったが、ワラントについては、説明したり推奨したことがなく、説明書やパンフレットを送付したこともなかった。Bは、右電話の際、長くても約二〇分以内の時間で、トヨタ自動車関連の証券で非常に儲けの確率が高い商品がある、これは短期で勝負するものなので、是非一口購入してほしい旨を勧誘し、すぐに返事をもらえないとよそへ回すことになると申し向けた。原告は、その話から有利な投資になるものと信じ、当時、大東建託の株を売却して小松精錬の株を購入した余剰金を被告に預託していたことから、その預託金の範囲内でその証券を購入したい旨を申し出た。Bは、代金約三二〇万円で本件ワラント二〇ワラントの買い付けができる旨を説明し、併せて、この証券の買い付けには証券会社に対する預け証券が金一〇〇〇万円以上あることが必要なので、原告の場合はさらに約二〇〇万円程度の証券を預けてもらう必要がある旨も説明した。原告は、それらの取引条件を承諾して、本件ワラントを購入した。
(右事実は、甲第一号証、甲第四号証及び原告本人の供述によって認める。もっとも、Bが平成五年七月に作成した陳述書である乙第五号証、証人Bの供述には、Bは原告に対し、本件ワラントの勧誘にあたり、電話で、①ワラントは新株引受権で、転換社債のプレミアム部分のようなものであり、平成五年六月一日までの権利の有効期限があって、単価二一九四円四〇銭の権利行使価格の定めがあること、②権利、すなわちプレミアム部分だけの証券なので、株価が上下すると利益も損失も大きくなること、③トヨタ自動車の株価は、底入れした後反騰しており、今後も高騰する見込みがあり、かなりの利益が見込まれること、④値動きが大きいリスク商品なので、買い付けには預かり証券一〇〇〇万円以上ある者でないと買い付け資格がないこと、をそれぞれ説明した旨の供述がある。しかしながら、同供述によっても、原告は、「ワラントとは何だ」「よく分からない」と応答し、ワラントについて予備知識を持っていなかったことが明らかである。そして、Bの右説明は、抽象的かつ概念的に過ぎるものであり、ワラントにつき予備知識のない者に説明する方法として極めて不自然であるうえ、本訴提起後に作成した陳述書のとおり説明したと言うもので、客観的裏付けがない。さらに、説明をしたと言うためにはその内容を相手方に理解させなければならないが、原告は、Bからの短時間の電話による話で、その説明内容を理解したとは到底認め難い。事実、原告は、トヨタ自動車関連の証券で非常に儲けの確率が高い商品があるとのみ聞いたが、ワラントの説明を受けた覚えはない旨述べるものである。原告本人の右供述に照らし、Bのワラントについて説明をなしたという右供述は、たやすく信用できない。)
3 原告は、本件ワラント購入に承諾した後、Bに指示された約二〇〇万円程度の証券を追加預託するため、同月一八日、被告に○○デンキ株一〇〇〇株を送付した。また原告は、その頃、被告から本件ワラントの計算書の送付を受けた。右計算書には、銘柄として「トヨタ自動車WR93」と表示され、数量の欄に「ワラントスウ」との記載があったので、原告は、Bから勧められて購入した証券が株式ではなくワラントであることを知ったが、ワラントとワラント債との区別ができず、○○デンキ系列店の会合で聞いた話から、ワラントは一定期間後に現金で投資額の資金の返還を受けるか同等額の株式の交付を受けることができる転換社債の一種であると思い込んだまま、特に気に止めないでいた。一方、Bは、原告に対し、説明書や預り証を交付しないで、また、本件ワラントの値動きを把握する方法を教示しないままその値動きを連絡することもなく、放置していた。
(右事実は、甲第四号証、乙第七号証、証人B、原告本人によって認められ、これに反する証拠はない。)
4 Bは、同年八月一一日、新婚家庭の家電製品を購入するため、婚約者とともに原告方の店舗である○○デンキ尾西店に赴き、原告の息子の応対で家電製品を購入した。その際、Bは、同店舗奥の事務室で、原告の妻に対し本件ワラントの預り証を交付し、かつ、同女から、小松精錬株二〇〇〇株の売却による預り証の回収のため同預り証に原告名義で受領済の署名捺印を得るとともに、本件ワラント取引に関する約諾書及び確認書に原告名義の捺印を得た。しかしBは、説明書の内容を確認したとの右確認書に捺印を得ながら、同女に説明書や約諾書(顧客用控え)を交付しなかった。また、本件ワラントは、同年六月下旬から値下がりし始め、同年八月一一日当時には価格がポイント一二・二五まで低下し、原告が購入した価格の半額程度まで値下がりしていたが、Bは、本件ワラントの時価について、具体的な話をしていない。
(右事実は、甲第一号証、乙第一ないし三号証、乙第七号証、証人B、同氏名略、原告本人によって認める。なお、乙第六号証、証人Bの供述には、Bは、その際、原告の面前で約諾書及び確認書に捺印を求めたところ、原告がそばにいた同人の妻に指示して捺印させたものであり、また、転換社債とワラントの価格変動の違いを図示したグラフを示してワラントの説明をしたところ、原告は「わかった。」と説明に納得し、本件ワラントの時価が湾岸戦争勃発のため値下がりしているが期間が三年あるので大丈夫だと説明すると、その点も納得していた旨の供述がある。しかしながら、証人氏名略及び原告本人によると、原告は、当日、所用で店舗に居なかったので、Bから約諾書及び確認書の作成を求められたことも、本件ワラントについて説明を受けたこともないことが窺われる。さらに、Bの右供述は、ワラントについて説明したという内容が極めて曖昧で理解し難いものであり、また、Bが原告に説明書の内容を確認した旨の確認書を作成させ、ワラント取引の特質を図示して説明したと言いながら、肝心の説明書は交付していないうえ、本件ワラントの時価が半値近くまで値下がりしていたのに、これを説明してその善後策を話し合ったことはないというのであって、その供述内容は極めて不自然である。右供述の不自然さと証人氏名略及び原告本人の右供述に照らし、Bの前示供述はたやすく信用できない。)
5 原告は、本件ワラントの値動きにつきBから連絡を受けていなかったので、平成二年一二月末頃、息子からBに電話させてその値動きを尋ねたところ、その時価額は八〇万円以下にまで下がっていることを聞いた。原告は、その話に驚き、翌年一月二二日、被告名古屋支店を訪問して、C課長に説明を求めた。Cは、その際、ワラントの特質、ワラントの権利行使期間、権利行使価格、ポイント等について分かりやすく説明するとともに、本件ワラントにつき、その権利内容と当日の時価額等を説明した。さらにCは、その頃、原告に対し、今後の対応策につき、①トヨタ自動車株の時価額より高い権利行使価格の代金を支払って株を取得するか、②トヨタ自動車株の信用取引をして損をある程度解消するか、③本件ワラントを保有したまま価格の推移を見て値上がりすれば売却するか、いずれかの方法しかない旨を説明した。原告は、①の方法は明らかに損を拡大する方法であり、②の方法は新たに担保を提供しなければならないうえ、信用取引が成功するかどうかは不確実で新たな危険を抱えることになるので、そのまま本件ワラントを保有する③の方法を選択することにした。
(右事実は、甲第二号証、乙第三号証、乙第八号証、証人C、同B、原告本人によって認める。乙第八号証、証人Cの供述には、原告は、平成三年一月二二日に来店したとき、既にワラント取引の特質を理解していたようである旨の供述があるが、右はCの憶測の域を出ないうえ、一方で原告本人は、Cの説明を聞いて初めてワラントの特質を理解したが、Cが勧めた取引ではないので、あえてクレームを申し立てなかったに過ぎない旨供述しており、Cの右供述は直ちには採用できない。)
6 原告及びその息子は、その後も本件ワラントの価格はポイント数七前後と低迷を続けたうえ、平成三年二月上旬に新聞で証券会社の損失補償の記事を見たことから、B及びCに対し、本件ワラントの購入にあたってワラントの説明がなかったとクレームをつけるとともに、損失補償を要求するようになった。B及びCは、原告の損失補償の要求には応じられないとこれを拒否したが、原告の損をできるだけ取り戻せるように、有利な商品を紹介するようにした。しかし、本件ワラントは、同年八月以降はポイント数が一ないし二で推移し、取引の上でほとんど無価値になって行ったため、原告らはクレームを続け、被告が平成四年二月二八日に原告方にワラント取引についての説明書を送付した時にも、原告の息子は、「今になって送ってもらっても困る」と苦情を述べた。被告は、その頃、原告の求めに応じて、約諾書及び確認書のコピーを原告に送付した。
(右事実は、甲第三号証の一ないし三、甲第五号証、乙第三号証、乙第八号証、証人C、同B、同氏名略、原告本人を総合して認める。なお、証人Bは、説明書を平成三年三月頃に原告方に送付している旨供述するが、これを確認できる証拠はない。)
二 そこで、右認定事実に基づき、原告が主張する不法行為の成否を判断する。
1 原告は、争点1(一)のとおり、被告の営業担当者が本件ワラントの購入を勧誘し、取引させるにあたって必要な説明を尽くさなかった旨主張するので、この点を検討する。
(一) 一般に、ワラントは、株式などとは異なり、その証券の仕組み、権利の内容が複雑でわかりにくく、株価の動きに連動して価格が推移するとはいえその動きは株価に比べて極めて大きく、外貨建ワラントの場合は為替相場にも影響され、単純には評価利益又は損失を見極め難いもので、いわゆるハイリスク・ハイリターンの商品である。特に、そのハイリスクの内容は、株価に比べて時価が大きく変動するというのみではなく、新株引受権の権利行使時の株価が権利行使価格とワラント購入コストを下回れば理論的には経済的価値がなく、その後の値動きに対する思惑から生じるプレミアムを考慮しても、株価の低迷が継続する状況のもとではワラントの取引上の価値がほとんど無くなり、さらに権利行使期間が満了すれば権利自体が消滅し、いずれの場合も投資家はその購入代金の全額を失う危険がある。
ワラントの右特質を考慮すれば、証券会社の営業担当者は、専門的投資家などその特質を十分把握している顧客に対する場合を除いて、一般の投資家に対しワラントの購入を勧誘し、取引させる場合には、ワラントの右危険性について理解させるよう、説明を尽くす必要がある。その説明の内容は、少なくとも、一般投資家がその取引に自己責任を負担する前提として、取引に先立って、①ワラントは新株引受権の証券で、新株を引き受ける場合には権利行使価格として定められた代金の支払が必要であること、②新株引受権には権利行使期間の定めがあり、右期間を経過すると権利が消滅すること、③ワラントの価格は、株価に連動し、かつ、株価の数倍の値動きをするハイリスク・ハイリターンの商品であること、④ワラントのハイリスクの内容として、権利行使期間の経過により無価値になり、権利行使期間が満了しない時期でも株価の動向によってはほとんど無価値になる場合があり、投資額全額の喪失の危険もあること、⑤外貨建ワラントの場合には、その価格の形成には為替相場との関連があること、⑥当該ワラントの値動きについての情報を得る方法、をそれぞれ説明すべきものと解される。右説明義務は、いずれも被告の説明書にも記載されている事項に関するものであって、営業担当者が顧客の理解度に合わせて説明書の内容を平易に時間をかけて理解させることによって尽くすことができるのであり、さほど困難なものではない。
(二) しかしながら、前示の認定事実によれば、被告の営業担当者Bは、平成二年六月七日、ワラントについて予備知識のない原告に対し、事前にワラント取引のパンフレットや説明書を送付したり、口頭で説明することなく、電話で二〇分位の時間で「トヨタ自動車関連の証券で非常に儲けの確率が高い商品がある、これは短期で勝負するものなので、是非一口購入してほしい。」と勧誘し、さらに、すぐに返事をもらえないとよそへ回すことになる旨申し向けて原告に本件ワラントの購入をさせているもので、右説明義務を全く尽くさなかった。また、Bは、取引成約後の間もない時期にその説明を尽くし、もし原告がこれに承服できないのであれば、早期に売却等の方法で原告にその投資額を回収させることができたのに、本件ワラント購入の計算書を送付したのみで放置し、その後値動きの変動も連絡しないでいるうちに価格が半値にもなって改めて説明しにくくなったためか、同年八月一一日、原告の妻に説明書を交付することもなく約諾書及び確認書に原告名義の捺印をさせ、同年一二月末頃に原告側からの問い合わせがあるまで本件ワラント価格の動向すら知らせていなかったものであり、原告に対し、右説明義務を尽くさなかったことが明らかである。このような取引状況のもとでは、本件ワラントの購入者である原告に証券取引における自己責任を負わせるにはその前提条件が整っていない。
(三) もっとも、被告のCは、平成三年一月二二日、原告に対し、ワラント取引の特質と本件ワラントの権利内容等につき説明し、その理解を得たことが認められるが、右説明は、原告の本件ワラント購入後七か月余の事後的説明であり、かつ、当時、本件ワラントの時価が八〇万円位に値下がりしており、その後の対応策としてもそのまま価格の推移を見るほかない状況にあったことが明らかであるから、原告にとって事後的にせよ説明義務が尽くされたことにはならない。
(四) そうすると、被告の営業担当者Bは、原告に対し、本件ワラントの勧誘及び取引にあたり、ワラントの意義及び新株引受権の内容、その権利行使期間、権利行使価格、外貨建ワラントの特質、価格変動による危険性等のワラント取引の仕組みにつき何ら説明をしなかったうえ、その権利行使価格と株価の関係からワラントが無価値になり、また、権利行使期間の経過により権利が消滅して、ワラント取引による投資額全額の喪失をもたらす危険があることを説明する注意義務があるのに、これらにつき全く説明することなかった。Bの右行為は、全体として違法な勧誘、取引行為であって、不法行為にあたる。
2 前示の認定事実によれば、Bは、被告の従業員であり、被告のための営業行為として右行為をなしたことは明らかである。したがって、Bの右行為は被告の事業執行のためなされたものであるから、被告は、民法七一五条に基づく使用者責任がある。
三 そこで、原告の被った損害について判断する。
1 原告は、被告営業担当者の違法な取引勧誘行為により、本件ワラントを購入したところ、その権利が無価値になったまま権利行使期間が経過して権利が消滅し、その購入代金三二〇万四六〇〇円相当の損害を被ったことは明らかである。
2 原告が本件不法行為による損害の賠償を求めるにつき、弁護士に訴訟委任する必要に迫られたことは容易に認められる。右弁護士費用は、本件の諸般の事情に照らせば、原告らが負担する金額のうち金三二万円について被告に負担させるのが相当である。これを越える原告の主張はたやすく採用できない。
3 なお、本件においては、原告側に本件不法行為による損害を算定するにあたり斟酌すべき過失はない。
4 そうすると、原告は被告に対し、合計金三五二万四六〇〇円の損害賠償請求権がある。
四 以上のとおりであるから、原告は、被告に対し、右損害金三五二万四六〇〇円及びこれに対する本件不法行為の日である平成二年六月七日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができ、本件請求は右の限定で理由がある。よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大内捷司)